「しらぬか トウキョウトガリネズミ展」の目的と経緯 その1

今回の展示は、私達(河原と六田晴洋氏)の趣旨に賛同していただいた白糠町さんが、町主催として開催されるものです。

今回の目的は、以下の3つです。                          1)北海道に生息しているトガリネズミ属4種の生体を同時に展示する    2)六田晴洋氏によるトウキョウトガリネズミの写真と映像とのコラボで、よりトウキョウトガリネズミを知ってもらう                 3)トウキョウトガリネズミを通して、恋問海岸、白糠町の自然の素晴らしさを知ってもらう

私は、これまでトウキョウトガリネズミの展示を、北海道浜中町の霧多布湿原センター、東京都の多摩動物公園、札幌市の円山動物園、北海道大学総合博物館など、延べ10回以上行ってきました。

しかし、これまでと異なるのは、北海道に生息するトガリネズミ属4種が、実際に同じ場所で生息している地元で、その地元産の個体を4種同時に展示することです。このことは、すべてが初めての試みで、大げさに言えば世界初挑戦ということになります。

この展示は、希少種に選定されているトウキョウトガリネズミの生態研究と希少種の域外保全技術開発の一環としても行っているものです。この展示は、多くの方々にトウキョウトガリネズミを知ってもらうだけではなく、この展示自体が、生態及び域外保全技術開発研究に貢献する知見を得るためにも行っています。

2007年浜中町と多摩動物公園の共同開催展、霧多布湿原センターにて、
2007年浜中町と多摩動物公園の共同開催のトウキョウトガリネズミ展の様子(霧多布湿原センター)

 

トウキョウトガリネズミの夜の活動(飼育下)  2020/8/19 5:54~19:13の13時間で2回しか食べてない?

5:30頃から小屋の中も明るくなってきました。明るさが中途半端ですので、記録されている映像は見にくく、どのような行動を取ったのかは判断しにいく状態にありますが、今回ブログで書き始めた8月18日22:58から19日の5:24の約6時間30分間で記録されていた回数は88、それに対して、明るくなった5:54からナイトモードになった17:37の約12時間40分に記録されていたのは39回しかありませんでした。

ナイトモードで撮影されていない間(日中)で餌を食べていた記録は7:59に生ミルワームを、水を飲んでいたのは7:09だけで、あとの37回は草に登ったり、周辺を動きまわったりしている映像のみでした。あとは、朝方入れた発泡スチロールのケースの出入りしか映っていませんでした。この発泡スチロールのケースには保冷材が入れてあり、トキョウトガリネズミを暑さから守るためのものです。

水入れからは飲んだの1回ですが、発泡スチロールのケースに入れた保冷材が結露するため、保冷材や発泡スチロールのケース内で水分を取ることはできますので、水入れから水を飲む行動が撮影されていなくても不思議ではありません。しかし採餌に関しては、記録上は8時間餌入れから餌を取っていません。以前に餌入れから持ち出したミルワームの残骸も撮影範囲外に残されている可能性もあるのですが、明らかに餌を取ることについては、明るくなったら、暗い時よりも低調になることだけは明らかです。

特に、記録回数が活動状況を反映していると仮定しますと、暗い時の行動の方が約4倍活発で動いていることが判ります。また、単純に記録回数で比較しますと夜は約4.5分に一回記録されますが、明るいときは約19分に1回記録される割合になり、いずれにしても、夜の活動は昼間の活動より遙かに多く、約4.5倍になっているように見えます。

トウキョウトガリネズミの夜の活動(飼育下)  2020/8/19 1:24~2:13

1:24から2:13の約50分間で、撮影された回数は22回、うち採餌3回、水飲み1回で、草に登って草の上で活動した回数は8回、その他は流木の上や撮影画面外へ移動したなどが記録されていました。

1:25には、画面右上で糞をした後、1:41分に水を飲みました。その2分後にゆでミルワームを食べました。その後約12分間撮影されていません。1:54分からは、地上や草の上での移動を繰り返し、その後4分の1:58には、ゆでミルワームを食べ、その約1分後には戻ってきて、水を飲みました。そして、2:13になったら、生ミルワームを食べました。

0:56にゆでミルワームを食べた後、1:42と1:58にゆでミルワーム、2:13に生ミルワームを食べたことになります。したがって、採餌間隔は、46分、16分、15分になっています。約15分間隔で採餌している間に9回、2分弱間隔で撮影されており、約70%は草の上を登ったり、草間を移動したりするエネルギーの消費量が多い行動に見えました。

 

東日本大震災の津波で得た希少種保護に関する教訓 その3

浜中町は、60年前のチリ沖地震で津波を被っています。霧多布湿原の中央に(海岸から1.5km程)朽ちた船があるのは、この津波で海から流されて来たからだと聞いています。すなわち、60年前には津波を被って一度リセットされましたが、それからの40年間で、海岸までトウキョウトガリネズミの生息域が拡大したことになります。以前の堤防は低く、人間も簡単に登り降りできるものでしたので、本種も霧多布湿原との往来は比較的簡単にできたのかもしれません。本来、高潮で波を被る可能性のある場所であることから、その生息地は何回も壊滅的な打撃を受けていたと推察されます。しかし、そこに本種の個体群が維持されていたということは、霧多布湿原から本種が何度も海岸まで移動して来たと考えるのが自然です。新しい堤防はかなり高く反っているため、本種が堤防を越えて海岸まで再び進出するのかは判りませんが、霧多布湿原に本種の個体群が存続し続ければ、再び海岸でも本種の生息地が形成される可能性があることになります。

以上のことから、私が教訓としているのは、「目先の生息地の保全だけを考えていたら、2つの重要なもの失う。」ということです。 それは、「住民の信頼と協力」 と「その希少種にとって、一番重要な生息地」ということです。

希少種を守るためには、住民の協力無しにはできません。さらに、状況によっては、住民にとって、不自由さや経済的影響を受け入れてもらわざるを得ないことも生じます。しかし、それを受け入れてもらえるのも信頼関係が成立したからこそです。したがって、保全を主張する側は、地域の状況をできるだけ考慮した上で、保全方法を提案する責任があると考えます。

トウキョウトガリネズミの研究をしていますと、「生息地の保護が必要ですよね。保護運動はしないのですか。」という趣旨の質問を度々されます。しかし、私はこれまで生息地の保護ということを前面に出して活動はしてきませんでした。それは、「希少種=守る必要がある=見つけた生息地を守れ」という、短絡的な思考では本当には守れないと考えているからです。それは、この教訓によるものです。

私は普段から環境アセスメントや地域づくりになどに関わっていますが、現状はかなりかけ離れています。その話については、別の機会にしたいと思います。

自然災害で命を失うのは、人間も野生生物も同じです。人間の命を守ることが、野生生物の命も守ることにも繋がるということも視野に入れて、環境保全は検討されることも重要だと考えます。私は、この一面も大切したいと思って活動しています。

改めて、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。