最初の名前はホーカーヒメチ”ネズミ(2)

1924年に哺乳類動物図解が出版された時点では学名の変更はなかったので、本来は和名の変更の必要性も基本的にはなかった。では、なぜホーカーヒメチ”ネズミを変更したのであろうか?ヒントは哺乳類動物図解にある。まず忠実にトウキャウトガリネズミの項を引用すると以下のようになる。

トウキャウトガリネズミ(黒田長禮氏新稱) ホーカーヒメチ”ネズミ(黒田氏命名)                          學名 Sorex hawkeri Thomas,1905.             英名 Tokyo Brown-toothed Shrew.               本種は北米北方産の短毛型の系統に属するものならんも、東シベリア産の中間型未知なれば當分獨立の種とする(トーマス氏)。      尾は明らかに頭胴よりも短くして毛多く、夏毛にては端に穗を具ふ。 體の背部は淡き褐色を呈し體側と下部とは灰褐色にして下部は淡し。尾の上部は赭褐色、其の下部はむしろ淡し。齒の赤染の有様はSorex minutus の如し。                       測 定 性別 牡 頭胴 55.0(?) 尾 30.0 後足 9,0 耳ー 産地 東京府

岸田は「Thomasは当面この種と独立種とするとして発表したが、体の特徴や歯の赤染色の有様はSorex minutus (ヨーロッパヒメトガリネズミ)に似ているので独立種では無いかもしれない。」と記載している。しかし、学名を変更するまでの根拠を示すまでには至ったていないことから、本来和名を変更する必要性はない。

では、何が要因となったのかというと「ヒメチ“ネズミをトガリネズミに変更したい」と考えたからだと推察できる。当時においてもチ”ネズミ(属)(現在のジネズミ属)とトガリネズミ(属)の区別のポイントは、「トガリネズミの歯の先端は赤く、ジネズミの歯の先端は赤くない。大きさはトガリネズミの方が小さい」という点にある。したがって、チ”ネズミ属と区別するために、ヒメ(小さいという意味)をつけて現在のトガリネズミと同じ属を示すのに使われていた和名である。

岸田が哺乳類動物図解を出版した時期は、命名合戦とも言える学名も和名も新称を次々に発表していた時期にあたり、細分化が流行していた背景がある。この時期にヒメチ”ネズミという名称をトガリネズミという名称に統一しようとしていたのがこの図鑑の各所から読み取れる。ちなみに以下のように名称変更が記載されている。

ヒメチ”ネズミ→トガリネズミ、 エゾヒメチ”ネズミ→エゾトガリネズミ、トーマスヒメチ”ネズミ→ヒメトガリネズミなどである。

したがって、「ホーカーヒメチ”ネズミ」から「ホーカートガリネズミ」への改名でも十分に目的は達成されたはずである。しかし、そうしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめに

私は、2002年にトウキョウトガリネズミを同一地点で捕獲できる場所を偶然発見した。これまで同じ地点で再捕獲されたことがなかったことから、私はトウキョウトガリネズミの研究を始めることにした。

トウキョウトガリネズミは、1903年に発見されてから2001年までの98年間には46頭しか捕獲されておらず、生きて捕獲した記録があるのは1件のみで、同じ地点で再捕獲されたことはなかった。2002年から2017年までの15年間で、私たちのチームが捕獲したトウキョウトガリネズミは160個体を超え、約92%の個体を生きて捕獲し、私が直接飼育した個体数は40個体を超えた。

観察していると、彼らは喧嘩もするし、個体によって臆病だったり、大胆だったり、糞場にもこだわりがあり、食べ物の好き嫌いもある。そう、彼らは様々な個性をもった我々と同じ生きものだと実感できる。しかし、これまでに本種に関する一般的な情報は、体が小さいからという理由で、その多くは憶測で語られた内容が広まっていて、トウキョウトガリネズミを語るにはあまりにも残念である。よって、見たこと、判ったことを紹介していきたいと思う。

私はまだ彼らの子供を見ていない。あの小さな体から生まれてくる子は、どうなっているのかとても興味がある。いつになるかはわからないが、このサイトを維持している間にみなさんに紹介したいと願っている。

注)捕獲及び飼育には関係機関の許可を得て行っています。また、捕獲した個体の多数は放獣しており、飼育した個体は一部です。